親切ではあるが、人を襲うこともあるとか、ないとか。
世界のどこにもいない男の話
源五郎丸ヨシオ
コンビニ弁当の工場に勤務する中年男性。中卒。
不潔で、自堕落で、根拠もなく他人を見下して生きている。
失踪した親の借金がある。
恋人ができたことがない。友人ができたこともない。
新人学生アルバイトよりも仕事ができない。
パートの主婦からは不潔だと陰口を言われる。
この仕事が向いていない。
この仕事から抜け出す術を知らない。
この仕事から抜け出す努力をする時間がない。
そして何よりも、努力をするだけの向上心がない。
そんな男の元に招待状が届く。
さすがのさすがに、名前を書くくらいの努力はできた。
もしも願いが叶うなら、どうか、今よりもマシな人生に。
できごと
拾った縄をいじっていた所、誤って首を吊ってしまう。
医師のジェーン[35]に救命され、若く美しい女性が、こんな自分の命を救うために躊躇なくキスをしたことに動揺する。
医師という職業は、命を救うためならこんな事までするのか。
生まれて初めて、心からの感謝をした。
生まれて初めて、他人を尊敬した。
何か、自分も変わりたいと思った。
今日一度死んだのだから、決してヤケにならず、出来ることを積み重ねて。
そんな風に前向きになれたのも、生まれて初めてのことだった。
その直後だった。
異能が暴走したのは。
今や彼はもう、人の姿をしていない。
誰かの役に立ちたいのに、誰かを救いたいのに。
内なる衝動を抑えられない。
粘体状の塊は、もう言葉を発しない。
人を襲うことを恐れて、震えている。
***
時間が経つにつれて、異能は不思議と暴走しなくなった。
空腹に耐えかねて人を襲ってしまうことはあったが、それでも一人も殺さなかった。
徐々に、考え方が変わるのを感じた。
体の形に引っ張られて、世界への憎しみが薄らぐのを感じた。
もう彼は世界に見捨てられた男ではなかった。
島にひっそりと暮らす、親切な野生生物になったのだ。